「伴走支援」を考えるお話一緒に聴きませんか①


北九州を中心に生活困窮者と共に30年以上生きて来られた
滋賀県出身の奥田知志さん
来る2019年5月7日滋賀県に帰って来られます。
一緒にお話しを聞きませんか。
先着100名です。

受付はこちらまで
yotuba2013@gaea.ocn.ne.jp



好景気に日本が浮かれていた1980年後半。
たった数年ののちにバブル崩壊が起こりました。

当時30代の私は高騰していくマンションを
何とか手に入れないと時代の波に乗り遅れるとばかりに
夫と分譲マンションの抽選に一喜一憂し、
法外なローンを組みました。
やっと手に入れたマンションは
半年もしない間に半額になり
ローンの支払いに追われました。
全てのコントロール制御不可能という印象でした。
夫婦喧嘩は絶えず、やがて離婚。

世間では誰でも大学に行ける。
大学を出たら何にでもなれる。
大企業への就職、公務員は安泰だ。
安泰と言われながら一瞬にして
「こんなはずではなかった」
その引き受けられないところに問題が発生
世の中は混沌としていきました。

企業の倒産、リストラ、不況、
「こんなはずではなかった」なすべの無さが
弱者(配偶者や子ども)に向かう。

無力感で一杯ゆえ、
せめて家族くらい自分の思い通りに
支配することで安心感を得ようと
ストレスを発散するが、心がすさむ。

「なんで?」

理不尽でいっぱいの子どもは
やがて家庭内暴力を起こす
学校では弱者をイジメる。
どこかで自分の存在価値を得ようとするが
学校は冷たい。

こうして社会では大人も子どもも
精神を病んだ時代であったと思う。

その中で育った子どもたちはやがて大人になり、
子の親となった。

他人事ではないこと。

「こっち側」と「そっち側」
境界線はどこにあるのでしょうか。

奥田さんの
「すさまじいほどの皆さんの生きる権利・愛」に
心が共鳴します。

杉山

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