クローバードリームライブ2017

2017年2月17日 カテゴリー:クローバードリームライブ

昨日無事に開催させて頂くことができました。
約350名の来場者の皆さま、本当にありがとうございました。
遠くは沖縄、茨城、神戸、大阪、京都、福井から来て下さいました。
一晩たち、喜び・感謝・希望に満ち溢れています。…
「渡る世間は鬼ばかり」だった子どもたちが、生きてきた想いを伝えてくれました。
「生きてきた想いを伝えたいんだ」
この力強い字は19歳の男子です。一生懸命考えながら書いてくれました。
ゲストの矢野ブラザーズ、めぐみさん、よっこさんに「ありがとう」のおもてなしの心をこめて若者と支援者で前日、アイシングクッキーを作りました。
「喜んでくれるかな?」「喜んでくれるに決まってる」
もちろんゲストの皆さんが「嬉しい。もったいなくて食べれない~~」
喜んで頂けて良かったです。
ボランティアで教えてくださったアイシングクッキーの先生、本当にありがとうございました。大成功でしたよ

四つ葉卒業生が語ったこと

幼いころから医者になるために育てられ勉強を強要され、たたかれるのが普通だと思っていた。小学生のころ道徳の時間に自分の家が虐待家庭だと知った。よく学校を休んでた。ケガが治るまで学校に行きたくても行けなかったから。今から思えば先生もわかっていたかもしれない。親が怖かった。家が嫌いだった。警察まで行ったけれど「助けて」と言えなかった。誰にも助けを求めなかった。
そんな繰り返しである日、隣のおばさんに「おうち、大変やねー。お母さんを助けてあげてね」と言われた。助けたくても先に自分がやられてるのに、「おばさんがどうして助けてくれないの?」と傷ついた。大人って冷たい。嫌い。大人を恨むことしかできなかった。…
そんな生活で高校生になりご飯もまともに食べていないので貧血で何回も倒れる私を見て副担任が「おうち大丈夫?」と聞いてくれた。大丈夫じゃなかったけれどそれでもいざとなると親をかばわなきゃと思い、言葉で「大丈夫」と言った。でももう限界で涙が止まらず保護された。やっと保護されたけれど両親はお芝居が上手。改心した態度をとったので児相の人も「家に戻しても大丈夫」と判断された。戻りたくないと言ったら後でまた両親に怒られるので家に戻った。改心は簡単にはできないのに。
19歳のころ、ストレスがたまって最終、親を殺そうと思った。親も私を殺そうとした。
どちらが先に殺すか?気が狂いそうになった。
いっそ家ごと燃やして全部を消そうと思った。実行しようとしたとき、何故か「これはしたらアカン」と我に返り、思いとどまった。児相の電話番号の書いたメモがあったことを思い出し親のいないスキに助けを求めた。すぐに対応してくれ警察が保護、シェルターに連れていってもらった。
シェルターというところは2か月くらいかけて家に戻るか次の行先をどうするか、自分と向き合いながら考えていく場所。そこで半年かけてじっくり職員さんが私とむきあってくれた。親と離れたほうがよいと安全な場所を探してもらい、四つ葉と出会えた。
四つ葉を卒業し、一人暮らしをしている今も家を思い出して発作的に自殺しそうになる。やっと自由になれたのに、したいことが続かない。心が折れる。目的を見失ってしまう。
でも楽しいこともあるんだと思う。虐待する親はもちろん悪いけれど原因があってしている。子育てで孤立して子どもにあたるのかもしれない。自分の子どもだけでなく身近な子どもの表情とか様子を感じてほしい。ちょっとした「会話」で声をかけてあげてほしい。助けを待っている子がいるかもしれない。自分だけいいのではなく、地域全体で子どもを育ててほしいと思う。
震える声で言葉を一生懸命繋ぎました。
彼女が四つ葉にきたころ「フワフワっとした優しい」イメージでした。もともと頭の良かった彼女は社会福祉士と保育士になる夢をもつまで成長したかのように四つ葉は勘違いをしてしまったのです。大学に入学し寮に入り、たった3か月で心が折れてしまいました。どれだけ頑張っても子どものころから親に言われた「あんたは親がいなければ生きていけない。どうせ世の中に適応できない人間」という脳へのすりこみが身動きできない状態になってしまったのです。何度も何度もやり直そうと決心しても続かない。四つ葉との連絡もつかなくなりました。大学も行かず、アルバイトも行けず家賃も払えず、「もう限界です。300円しかありません」かけつけました。お金に困っていることはわかっていても四つ葉として支援金がなかったため、「親にお願いしてお金を助けてもらうしかないよ」としか言えません。せっかく連絡してきてくれたのにたった1万円渡しただけの情けない四つ葉でした。
その時、親の支配に戻りたくない彼女が言った言葉「イヤです。死ぬほうがマシです」
「死ぬほうがマシ」その言葉に彼女の生きたい希望を感じました。なんとかしなくちゃいけない。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)にやられながらも生きたいという彼女の病気を治すために臨床心理士に繋ぎ、現在治療を受けながらアルバイトを頑張っています。
昨年から四つ葉の講演会等に同行し杉山と一緒にお話をさせてもらい、謝礼金を頂ける場合は収入になります。彼女は自分の振り返りをしながら言語化することで頭の整理、心の整理をしているのでしょうか。彼女の話を聞いた方々から「よく頑張ってきたね」「娘や孫やご近所の子どもに目を向けて、心が傷ついていないか気をつけるわね」と言葉がけをしていただくことで少しずつ、自己肯定感が生まれてきたように思います
彼女がきっかけで四つ葉では毎月千円サポーターを募集し、四つ葉を卒業したあとも生きていくのが困難な若者、援助が必要と判断した若者、進学や就労等が安定するまで給付型の応援をしていく仕組み「四つ葉みらい基金」を誕生させました。
皆さま毎月千円のサポーターになって若者たちを応援していただけませんか?
四つ葉のみらい基金申込書は当法人事務所、FBメッセージなどでご連絡いただければ郵送させていただきます。ご協力を宜しくお願い致します。

四つ葉入居者が語ったこと

僕は母が19歳の時に生まれ、離婚して再婚した。親も子どもやったんやと思う。
小学生の頃、生活が苦しくて施設に入るように児童相談所のケースワーカーさんがすすめてくれた。…
僕が施設に入ることを親に伝えたら「ふざけるな、生まなきゃ良かった」と言われた。
声をあげて泣いた。悲しかった。今度は包丁むけて僕に向かってきた。
こわかった。ずーと記憶に残っていてフラッシュバックする。
大人になっても変わらず、悲しみ、憎しみ、それが憐みに変わり、許せるものなら殺してあげたほうが親のためだと思うときがある。
施設に入ったら暴力、いじめが当たり前で上の人から殴られ蹴られた。でも悪い環境と思わなかった。皆、自分と同じものを抱えているんやとわかった。逆に安心した。
いかなるひどい環境でも自分を強くする手段となる。そして僕は強くなった。
同時に弱さを見せるのが怖い自分がいる。あんなに強くなったはずなのに本当は臆病な自分。
でもまわりの大人が評価してくれた。一人にさせてくれない。施設の子どもたちがなついてくれた。そこで僕は少し幸せやと思えた。
20歳で四つ葉に来たときは色々大変だった。学校も卒業できていない、仕事も決まっていない。四つ葉には1年しかいられない。
でも大人と施設の子どもが僕を支えてくれた。
いつか親を見下して笑ってやろう。誰よりも幸せになって笑ってやろう。誰もが認める人になってやろう。そう思うとラクになる。僕の生い立ちは小さなことかもしれない。でもそれぞれが負ってきた境遇で皆重いものを持っている。
今でも人間関係に苦しむことがある。人と人はわかり合うことができない。現に僕と親がそうであったように・・・
僕はもっと強くなって、誰にも負けない位、幸せになりたい。
今、希望も見えてきている。夢ができた。どんなに辛いことがあっても希望に向かって走っていける気がする。
四つ葉のクローバー、湘南学園、守山学園の先輩、先生方、僕を支えてくれた人たちにいつか自分の弱さを見せられるよう、信頼されるよう頑張っていきたい。
これからも希望に向かってゆっくりと歩き続けることを自分に誓います。
舞台袖で涙が溢れました。ヒデは小さな子どもにとても好かれる優しくて面白いお兄ちゃんです。でも年齢の近い人や大人にはキツイ言葉を吐きます。
どうしてそんなキツイことを言うのか尋ねると「自分がキツイことを言った理由があって、嫌われるのはいい。なにもしてないのに嫌われたくないねん」
自分を守る防衛手段。一緒にどうしたらいいか考えます。簡単に結果は出る訳がないと思えました。どうしたらええんやろねと一緒に沈みます。あきらめではなく、希望を持って沈みます。
1時間ほどか、しばらくして、ふっと顔を見合わせてお互い笑えました。
3月の四つ葉退去を控えて、スタッフと一緒にアパート探しが始まっています。夢と希望をもってゆっくりと歩いていくことを自分に誓ったヒデはカッコ良かったです。
私は訂正しました。四つ葉は支援者ではなく彼らのガンバリを間近で見られるラッキー団体です。
「失敗してもいいんやで。四つ葉は失敗しても良い権利を子どもに与える場所やで」

めぐみさん&YOKKOさんに歌っていただきました。

若者たちが語った後に歌ってくれたのはこのお二人。

四つ葉の支援者のひとりとして2013年に出会ったのはめぐみさん。クリスマス会で偶然聞いためぐみさんの歌声に杉山が感動し、四つ葉の歌を作ってほしいと依頼したことから繋がった出会いです。作詞作曲は全くの未経験者だっためぐみさんは、それでも子どもたちの思いを歌詞として表現し、作曲も行いました。
その出会いから生まれた「四つ葉のクローバー」と「光の隠れ家」の2曲。
歌詞の一番は入居している若者たちの想い、二番は若者たちを支えるメッセージを代弁して創った歌詞は、会場の皆さんを惹きつけてくれました。めぐみさんが真剣に子ども達の想いを受け止めてくれたのが伝わり、その歌声はYOKKOさんの伴奏と共に会場を温かさで包んでくれました。
YOKKOさんは滋賀県出身のシンガーソングライター。
聴こえる聴こえない関係なく、より多くの音楽好きな方が共に楽しめる空間を目指し、ワンマンライブでは手話通訳や歌詞字幕などもとりいれたパフォーマンスで見る人を勇気づけます。
ドリームライブで手話をしながら歌った曲は、「ボーダーライン」。想いが体中から伝わってくるパフォーマンスをしてくれました。
「体の障がいがあっても、心に何かを抱えていても、歌は皆に平等なんやなって、YOKKOさんの歌を聞いて思ったわ。」
会場に来て下さった方からそんな嬉しい感想も聞きました!
めぐみさん、YOKKOさん、本当にありがとうございました!

矢野ブラザーズ

ドリームライブの二部は、矢野ブラザーズのライブでした。
ドリームライブの一部が始まった時、…
理事長の杉山や若者たちが語る言葉を三人はただただ静かに
舞台裏で受け止めてくれていました。
二部のライブが始まると
彼らはパワフルで、笑いが溢れる会話やパフォーマンスを繰り広げてくれました♪
重い話も聞いている人がしんどくならないような優しさ
そして、楽しめる時間の中にもしっかり心に響く彼らの想い
ディビットが手掛けた「Dream」は、多くの人の涙をさそっていました。
今回うたう曲の歌詞も提供してくれたことで、当日のパンフレットに掲載させていただけたんです♪
会場に来られた方からは、ラップなどの歌も歌詞を見ながら楽しめた、目と耳で刻まれたと、嬉しい感想を頂きました。
若者達の目を見つめながら歌う矢野ブラザースの姿
その矢野ブラザーズをまっすぐに見つめ返す若者たち
これは、矢野ブラザーズにしかできない支援のカタチ。
矢野ブラザーズだからできた応援のメッセージ。
愛に溢れた時間でした。
矢野ブラザーズのみなさん、本当にありがとうございました!
また、会場に来られました皆さま、
当日のアンケートでは書けなかった、後から自分の中に沸き起こってきた感想や想いもあると思います。
ぜひ感想をお寄せ頂けたらと思います。

日本×ガーナ 二つの祖国をもつYANO BROTHERS

日本とアフリカをブレンドした“JAFRICAN”と呼ばれる独自の音楽ジャンルで表現する。
日本の施設で育ったこと、差別や偏見のなかで辛い経験をポジティブな力に変えるために人がいない時に涙流して「どうやって立ち上がるか」考えたという長男マイケル。
清水エスパルス、ヴィッセル神戸に入団。のちにキックボクサーにも転身した彼。
人知れず流した涙がマイケルパワーを生んだのだろう。
「泣きべそかいてたあの日々にはアッカンベーだ
何度もぶつかって 
何度も何度もはいあがって 
何度も何度もガンバンベ  最後の最後は自分で」               
作詞作曲 矢野マイケル I believeより抜粋
日本の大学を出て昨年から薬剤師として働く末っ子サンシロー。
兄二人が見つめる弟へのまなざしは限りなく優しい。
期待を裏切れないほどのプレッシャーを蹴飛ばし、国家試験に合格した時
兄二人の喜びは、いかほどだったか、サンシローの安堵感はいかほどだったのか容易に想像がつく。
サンシローは言う。
「僕たちの音楽を通じて、今までむきあえなかった自分のことに対して向き合うきっかけになってくれたらいいなあ」
20歳のころガーナのレストランで友人とランチを食べていた時、
ストリートチルドレンに何度も「お金ちょーだい」と頼まれたけれど顔も見ず無視をしていたという次男デイビット。
あまりのしつこさに「あげないから向こうに行きな」と言おうとしてその子どもと目が合った瞬間、幼いころの自分にフラッシュバックした。
誰も助けてくれなかった子どものころを思い出し、あの頃の僕がメッセージを伝えにきたのかなと思った。
心にイナズマがバチバチきた。
今、僕がこの子どもに関係ないフリをしたらあの頃見て見ぬフリをした人たちと一緒になると思った。あの時のあの思いだけは自分の人生で裏切ってはダメだと思った。
この子どもと出会ったのは運命だと思った。だから僕は子どもを守ることを人生をかけてやっていこうと10年前に決意した。
それからガーナの子どもたちが教育を受けられるよう幼稚園と中学校を完成させた。
今はまだ人生が見えない人がいるかもしれない。
苦しみを背負いきれない自分がいるかもしれない。
今は辛いかもしれないけれど、まだ出会えてないかもしれないけれどその経験そのものが誰かの力になる日がきっとくる。流した涙はいつか誰かの心に水をやるめぐみの雨になる。
本当は誰かの力になる力はすべての人にある。
でもそれに気づける人は苦しみを知っている人間。多くのお金を稼ぐだけが人生ではないと思う。
僕の人生のスーパースターはあの時僕を支えてくれた施設の先生
。僕はガーナでお金をねだる子どもと出会い、支えてくれたその人たちのことを気づけた。はじめて感謝した。
今はまだ夢はなくても、スポットライトあびるような夢でなくても、一歩踏み出したことに誇りをもってほしい。
その一歩が大きな力になっていろいろな人に届くことを信じてほしい。
YANO BROTHRTSは会場にいる施設の子どもたちや若者たちの目を見て語りかけた。
その限りなく優しいまなざしは吸い込まれるほど綺麗だった。
YANO BROTHERS  Dream をお聴きください。

~頂いた感想のご紹介~

前を向いて力強く生きていこうという思いがすごく伝わってきました。これはすべての人への勇気付け、一歩を踏み出す勇気を与えてくれるものとなると思います。素晴らしく感動しました。素敵なドリームライブありがとうございました。(50代女性)
伝えたい思いがいっぱい詰まったステージ、私自身は何を伝えていきたいのか振り返されました。一所懸命生きるすべての人が幸せになれる社会を一緒に作っていきたいと強く思いました。ありがとうございました。(50代女性)
すべての人に心から感謝します。見て見ぬふりをしないで本当の弱さを見せられるよう強い自分でいるという言葉が心に響きました。ありがとうございました。(40代女性)
想像をはるかに超える感動でした。涙が止まりませんでした。優しい人になりたいと心から感じました。優しさが広がりますように!素晴らしい時間を本当にありがとうございました。私も頑張ります。(40代)
四つ葉の皆さんの生の声が聴くことができてよかった。とてもよかったです。四つ葉の若者の声、そしてめぐみさんの透き通る声、YOKKOさんの手話による表現、そして矢野ブラザーズさんの素晴らしい歌、心に響きました。ありがとうございました。(50代女性)
体験談ではどのような状態で子ども時代を過ごしたのかを知って、自分を含め私の周りの子供達がいかに幸せな人生を歩んでいたのかを知った気がしましたが、私の知らない感情を子供のころから抱えてきたまだ若い彼らにはこれから幸多い人生を送ってくださることを望みます。(50代女性)
他にもたくさんのご感想、励ましの言葉ありがとうございました。