「小犬の裁判、はじめます」

2016年12月24日 カテゴリー:お知らせ

作者のあとがきより
「ひとりの子どもの心をつかむために、ひとりの子どもが生きる喜びを取り戻すために、生きるってなんだ?人間らしいってどういうこと?を大の大人が真剣に、ド真剣にやりあうのです。私はここに人が生きる本当の姿を見た気がしました」

約30年前滋賀県にある児童養護施設に新しい園長が就任された。犬を飼うことを許されない施設の子どもたちが内緒で川原や神社にいる捨て犬に自分のおやつを分け可愛がっていたことを知った新園長は犬を飼うことを許可した。
1匹だと思ったらアッという間に数が増えて最終28匹になってしまった。そのため、施設は犬の餌代に悪戦し、近所から「うるさい、くさい。きたない。犬を飼える身か。税金で生きてる身で!」とどなる人もいる中で学園自体が困ることになる。そこで職員の中でも「施設の存続のために犬を保健所に連れていったほうが良い」という意見と「犬がきてから自分たちで考え、自分の手足を動かすようになった。犬が子どもたちの心を支えているからどうしても飼わせてやりたい」と意見が分かれた。もちろん子どもたちは自分の命と引き換えの勢いで保健所行きを反対する。
そこで新園長は、犬を飼うかどうかについて、子どもたちと大人たちが対等に議論をし、それを複数の第三者の大人(裁定委員会)に聞いてもらい、採決を下してもらうことにしたのである。
この「子犬の裁判」によって、子どもたちは自分たちの意見を堂々と主張し、大人にちゃんと聞いてもらうという経験をした。子どもたちの必死の涙まじりの言い分を聞いた裁定委員は与えられた1時間の間、1分の休みもなく、知恵を出し合い結論を出した。
「犬を飼っている子ども11人は1匹ずつ犬を飼うことができる。あとの犬は1ヵ月の間に飼い主を探す。飼い手の見つからない犬は保健所に渡す。」
不承不承ながらも子どもたちは必死に考えてくれた大人の決断に同意をし、ビラを作ったり学校の友達に頼み込んだり17匹をあの手この手で飼い手を探したのである。捨て犬に自分を重ねていたのかもしれない。最後の1日まであきらめなかった。すべての犬に飼い手が見つかった。
このエピソードをもとに小説として書かれたのが守山市在住の絵本作家「今関信子」さん。一度だけお会いしたがとてもとてもお優しい。「あのね、心が感動しないと書けないのよ。いつか四つ葉のお話を聞かせてね」
感動していただける四つ葉のお話をお伝え出来るようになりたい。
電車のなかで最後を読み終え、感動の涙・涙で回りの乗客に恥ずかしい思いをしたのである。